【免疫力UP情報】
過去のむすび誌や正食出版発行書籍から抜粋してご紹介致します。
第29弾は「むすび誌2018年1月号」より特集「新たなむすび直しのへ」の中からマクロビオティックの原点を探るの記事をご紹介します。(全4回)。
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カロリーよりミネラルに注目
②洋風化の食生活に警鐘
明治政府は欧米諸国と肩を並べようと、さまざまな欧米の文明を積極的に導入しました。文明開化の波は食生活にもおよびました。
しかし、左玄は「日本人が洋風化の食生活をすると、多くの者が病気になる」と警鐘を鳴らしました。
例えば、日清戦争(1894~95)では、日本軍の戦死者が977人だったのに対し、脚気による死亡者はその4倍の3944人におよびました。脚気病の患者はさらに多く、3万5千人近くにもなりました。
日露戦争(1904~05)でも、25万人もが脚気に苦しみ、3万人もの病死者の多くは脚気によるものでした。過去にも「江戸わずらい」と恐れられたものです。
のちにビタミンB1の欠乏が原因とわかり、戦地に赴く兵士たちに白米を食べさせたいという温情が仇(あだ)になったわけですが、その背景には、軍医でもあった森鴎外ら、ドイツの医学や栄養学を信奉した学者らの存在がありました。
「脚気の原因は食料にある」とする説に対し、鴎外らは細菌感染によるものと主張していたのでした。
左玄は、カロリーを中心として、炭水化物・脂肪・タンパク質という三大栄養素を重視する西洋の栄養学に反発し、ミネラルであるナトリウムとカリウムのバランスに注目しました。これが後述する「夫婦アルカリ論」となり、マクロビオティックでいう陰陽に発展していきます。
家庭での食育の重要性を説く
③独自の食養・食育論の確立
左玄独自の食養・食育論について、岩佐さんは次の6つにまとめています。
・家庭での食育の重要性を説いた
・心身は食によってつくられ、食が健康を左右するという食養生の考えを基本にした
・歯の並びや形状から、人間は穀物をおもに食べる穀食動物とした
・食物は丸ごとを食べる
・住んでいる地域の旬のものを食べる
・陰陽のバランスのとれた食事をいただく
食養や穀物菜食、一物全体食、身土不二、陰陽といった、いまのマクロビオティックの基本が、すでにかなり含まれていたことがわかります。
以下、おもなものを簡単に解説します。
食養道とは「命は食にあり」
「食養道とは、正に食養生実践の根幹理念です。左玄の言う食養道をひと言で言えば、命は食にあり、食が命をつくる。食が心と身体をつくる。食が健康をつくる、食がすべてとなります」
岩佐さんは『食養の祖 石塚左玄物語』でそう記しています。
また、「食」の漢字については、漢字研究の第一人者であった白川静博士の『字通』から、「良」は穀物を入れる容器を示し、それにふたをしたのが象形文字の「食」であり、そこから「たべる」という意味が生まれたということも紹介しています。
「養」は、上の「羊」はヒツジを表す象形文字です。昔の中国では、ヒツジは供え物やご馳走として大切にされ、そこから食物で養うという意味になりました。
「養生とは正に生命を養うということになります」(『食養の祖 石塚左玄物語』より)
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