味噌屋はがんにならない?
都会の研究所生活から、子ども時代になじんだ伝統的な味噌づくりの現場で暮らすようになり、河原さんが実感したことがあります。
「東京にいるときは花粉症がすごかったのですが、戻ってきて自家製味噌を食べるようになって、かなり改善しました」
さらに「味噌屋はがんになりにくいのかも?」とも。
2人に1人はがんになり、3人に1人はがんで死亡するともいわれるほど、日本人の死亡原因のトップとなっているがんにかかる人が、味噌づくりに従事している人はほとんどいない、というのですから、驚きです。
河原さんは「同業者でがんで亡くなったという話は、あまり聞いたことがありません。過去十年で一人知っているだけです」と話します。
がん細胞は35度台の低体温を好みます。がんを寄せつけないためには、まずは体温を上げることが肝心。そのためには、熱をつくり出す腸内細菌を豊かにすることです。微生物と友達になることは、そんな恩恵ももたらしてくれます。
日常的に味噌を食べていると、美容にもいいそうです。
「うちの仕込みそのお客様で、年齢と関係なく肌のツヤがきれいな人がいます。皮膚が健康な人は、おそらくからだの中の免疫細胞もちゃんと活動しています。見た目はあなどれません」
「味噌をつける」ということわざは、火傷や切り傷に味噌をつけると早く治るという意味です。そのとおり、微生物の分解物であるLPSは、傷口を早く治すことが科学的にも実証されているのだそうです。
家ごとに違う味
先ほど出てきましたが、三原屋の味噌の主力商品は「仕込みそ」です。
スーパーなどでよく目にする小さなパッケージに入ったものではなく、ミカン箱ほどの大きさで16キロもあり、約1100杯分の味噌汁ができます。
商品名どおり、立春前に寒仕込みした半製品で購入し、あとは家庭で、冷蔵庫に入れず室温で熟成させます。
ひと夏を越せば食べられますが、二夏を経て三年味噌にして味わうこともできます。その間、熟成が進みますが、面白いのは「百軒に配ると百軒とも違う味になる」ことです。
それぞれの家によって、住んでいる微生物が違うことで、味噌に個性が出てくるからです。まさに「手前味噌」の醍醐(だいご)味です。
「不思議なことに、自分の家の菌でつくった味噌の方がおいしく感じられるらしいのです。だから自分の家の味噌を人に勧めるときは『手前味噌ですが』と謙遜しないといけません。本当は食文化に根ざした意味のある言葉なんです」と河原さん。
環境とつながる手前味噌
「家庭で熟成させる仕込みその場合は、空気の好きな菌、嫌いな菌の力関係が場所によってみんな違い、多様性があります。その家にすんでいる微生物が溶け込み、それらを食べることによって、経口ワクチンのように摂取すると、免疫細胞の暴走を防いで、環境に適応できるようになります」
「人間も生態系の一員として生きているのに、クローズドシステムで、生態系から孤立した工場でつくられたものを日常的に食べていると、人間自身も孤立してしまいます。アレルギー疾患とか自己免疫疾患などの病気になってしまうのも、仕方がないことかもしれません」
「手前味噌がおいしいのは、環境とつながったものだから」という河原さんの話は、説得力があります。
まさに手前味噌は、河原さんのいうように、身土不二の「土」であり、人間は共生している微生物たちによって生かされている「歩く土」でもあるのです。
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