沖縄県にある琉球大学医学部附属病院では昨年12月から、肥満や高血糖、高脂血症の改善を目的とする「糖尿病食」「脂質異常食」「低エネルギー食」の標準主食として玄米を導入しています。実際、重い腎臓病患者を除くほとんどの患者に、病院内に設置した圧力釜で炊いた玄米を提供しているそうです。
同大学医学部第二内科の研究チームにより、玄米の新たな効用が次々と発見され、臨床の現場でも玄米食で糖尿病が改善されるなど、大きな成果を収めてきたことが背景にあります。
研究チームを率いる第二内科医長の益崎裕章教授によると、「国立大学の病院で玄米食をフルにシステムとして導入できたのは、琉大病院が日本で初めて」といいます。もちろん世界でも初めてのことでしょう。
中でもチームが注目したのが、玄米の糠(ぬか)だけにしか含まれないγ(ガンマ)ーオリザノールです。
玄米というと、エネルギーやタンパク質、脂質、炭水化物のほか各種ビタミンやミネラルがバランスよく含まれ、栄養的にもすぐれていることは周知の事実ですが、益崎教授らの研究により、油成分であるγーオリザノールに、肥満や糖尿病の予防・改善などに画期的な作用があることがわかりました。
昼食は必ず玄米弁当と決めている玄米ファンの益崎教授に、人類を肥満から救う力をも秘めているγーオリザノールの機能について、最新の知見をうかがいました。
?益崎裕章・琉球大学大学院医学研究科教授インタビュー
動物性脂肪依存の仕組み
―玄米が動物性脂肪の依存を抑え、肥満や糖尿病対策に有効ということですが、なぜ動物性脂肪への欲求は強くなるのでしょうか。
二つの大きなからくりがあります。
一つは、動物性脂肪を過剰に摂取すると、食欲を抑制する脳の中枢である視床下部における小胞体(ER)ストレスが上昇し、一段と高脂肪食に対する嗜好性が強くなります。
小胞体というのは、細胞内でタンパク質の合成などをつかさどる小器官の一つです。
いろんなタンパク質をつくってほしいというリクエストが細胞に来ると、最初はそのリクエストに応じて小胞体でタンパク質をつくっていますが、注文が多過ぎると、細胞がその注文に応じきれなくなり、できそこないの不良品のタンパク質をつくるように変わっていきます。
このような不良品は細胞の外に捨てにくく、細胞の中にたまりやすくなり、細胞に負担をかけて、最後は細胞自身が自殺(アポトーシス)に追いやられてしまいます。これが小胞体ストレスといわれるものです。
糖尿病を例に挙げると、最初はインスリンをつくれという注文に応じて膵(すい)臓のβ(ベータ)細胞がインスリンをつくっているわけですが、やがて注文に応じ切れなくなってくると、インスリンの前の形の不完全品(プロインスリン)をたくさんつくり始めます。
こうして細胞の中に粗悪品がたまってくると、β細胞が自殺して減っていき、インスリンがつくれなくなるので、やがてインスリン注射をしないと血糖値が保てなくなります。
それと同じことが、糖尿病や肥満症の患者さんのからだのいろんな細胞で起こっていて、脳にも起こっているというのが、私たちの研究でわかりました。
小胞体ストレスが起こると、神経細胞もβ細胞といっしょで、再生しません。つまり、自殺したら細胞の数が減る一方なんです。だから機能がどんどん落ちていく。
「満足しない脳」に変化
―もう一つのからくりとは?
もう一つは、脳内報酬系(欲求が満たされたときに満足したという感覚を受け取る神経系)で、ドーパミン(快楽物質の一つ)の受容体のはたらきが低下して、脳内報酬を感じにくくなるというメカニズムです。
食事をすると、ドーパミンが脳内報酬系にやってきて、食べたことによる喜びや満足を感じれば、もう食べなくなるわけです。
ところが、動物性脂肪をずっと食べ続けていると、ドーパミンの信号を受け取る受け皿(受容体)がどんどん減っていくんですね。これは、エピゲノムというメカニズムで起こります。
そうすると、いくら満足したという情報がきても、その情報を受け取れないので、喜びがわからずに、「満足しない脳」に変わってしまい、延々と食べ続けるということになるのです。
益崎裕章(ますざき・ひろあき)
1962年京都市生まれ。1989年京都大学医学部卒、同大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士(分子医学専攻)。同大学医学部第二内科助手、米国ハーバード大学医学部招聘(へい)博士研究員・客員助教授、京都大学内分泌代謝内科講師を経て、2009年に琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病 内科学講座(第二内科)教授に就任。2015年より同大学医学部副学部長併任。